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東京地方裁判所 平成10年(手ワ)1191号 判決 1999年8月26日

原告 A野太郎

右訴訟代理人弁護士 高橋勉

被告 株式会社セゾンダイレクトマーケティング

右代表者代表取締役 福田昭彦

右訴訟代理人弁護士 内藤貞夫

同 田中昭人

同 財津守正

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、金二六万九三二八円及びこれに対する平成一〇年三月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、原告が被告に対し、左記の約束手形(以下「本件手形」という。)の手形金及びこれに対する利息の支払を求めた事案である。

手形番号《省略》

額面 二六万九三二八円

支払期日 平成一〇年三月三一日

支払地 東京都豊島区

支払場所 株式会社あさひ銀行池袋支店

振出日 平成一〇年一月二八日

振出地 東京都練馬区《番地省略》

振出人 被告

受取人 國新産業株式会社

第一裏書人 同

第一被裏書人 白地

第二裏書人 三井田商店 金澤光二

第二被裏書人 白地

第三裏書人 B山春夫

第三被裏書人 白地

二  争いのない事実

1  原告は本件手形を所持している。

2  被告は本件手形を振り出した。

3  本件手形は支払呈示期間内に支払場所に呈示された。

三  争点

本件手形は、國新産業株式会社(以下「訴外会社」という。)が被告から振出交付を受けて保管中に盗難にあったものであり、盗難後に本件手形を取得した者は、原告を含めてすべて悪意又は重大な過失によってこれを取得したか否か。

第三争点に対する判断

一  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  本件手形は、訴外会社が取引先である被告から製品販売代金支払のために振出交付を受けて保管していたところ、平成一〇年二月二三日午後六時二〇分から同月二四日午前八時二〇分までの間に、訴外会社の事務所に侵入した何者かによって、他の約束手形八八通(盗難に遭った八九通の約束手形を「本件盗難手形八九通」といい、その額面合計は一億九三〇〇万円余である。)、訴外会社の社判及び代表者印とともに盗難にあった。

2  右盗難後、何者かが盗取された訴外会社の社判及び代表者印を冒用して、本件手形の第一裏書欄に訴外会社名義の裏書を偽造して、本件手形を流通に置いた。

3  原告は、別件(当庁平成一〇年(手ワ)第九二八号約束手形金請求事件)の本人尋問等において、本件手形の入手状況等について、概ね次のように述べている。

原告は、訴外B山春夫(以下「B山」という。)とは二〇年位前からの知り合いであり、同人に対して三〇〇〇万円位の貸金債権を有していた。原告は、平成一〇年三月二〇日頃、B山から上場会社振出の手形を割り引いてほしいと依頼され、前橋市内のホテルまで出向いたところ、B山から一億五〇〇〇万円から二億円位の手形を割り引くので八〇〇〇万円位用意してくれといわれた。

原告は、その場でB山から数通の手形を示され、その中には株式会社フジテレビジョン(以下「フジテレビ」という。)等の有名企業振出の手形が含まれていたため、五〇〇〇万円を用意することとし、知人らから借り入れる等して資金を作り、同月二四日、B山に渡した。原告は、翌二五日、B山から本件手形を含む八〇通の手形(いずれも本件盗難手形八九通に含まれるものであり、その額面合計一億五七〇〇万円余である。)を受け取ったが、その際、殆どの手形についてB山に裏書させた。

なお、八〇〇〇万円のうち三〇〇〇万円については、原告のB山に対する従前の三〇〇〇万円の貸金債権の弁済に充てることとした。

5  B山は、別件の証人尋問等において、本件手形を含む本件盗難手形八九通の入手状況等について、概ね次のように述べている。

B山は、トラック部品の制作・販売に従事する傍ら、不動産ブローカー及び金融ブローカーの仕事もしている。

B山は、平成一〇年三月一八日頃、友人であるC川夏夫から紹介された、D野県土木建設事業共同組合の理事長でD川村議会議長をしているというD原秋夫(以下「D原」という。)から、電話で、上場会社振出の手形二億円分を一億円で割り引いてほしいとの申込みを受け、一億円を準備することができないとの理由で一旦は断ったが、D原がさらに、とにかく急いでいるので五〇〇〇万円でもよいと言ってきたので、B山が「優秀な手形なら銀行等で割り引いてもらえばよい」と言ったところ、D原は「議員というのはそのようなものは余りいじらないのだ」と述べ、B山としてはその回答に得心したわけではなかったが、一応議員の言うことなので信頼して、結局、四〇〇〇万円で割り引くことを承諾した。

B山は、同月二〇日、前橋市内のホテルにおいてD原らと会合しD原から手形を見せられ、その中にはフジテレビや株式会社バンダイ(以下「バンダイ」という。)などの上場企業振出の手形が含まれていることを確認した。その際、B山は、D原に手形の入手経路を尋ねたが、D原は知り合いから割引をたのまれている旨答えたのみで具体的には明らかにせず、B山もそれ以上追及しなかった。

また、B山はD原に本件盗難手形八九通に裏書するように求めたが、D原は拒絶した。

D原らは、B山に対して当日四〇〇〇万円を支払うように求めたが、B山は二〇〇〇万円しか用意できなかったため、割引金の支払を同月二四日まで待つペナルティーとして一〇〇〇万円を支払うよう要求し、B山はこれを了承するとともに、割引金の融資を要請した原告に見せるためにD原から手形数通を預かった。

B山は、同月二四日、高崎駅東口のレストラン「すかいらーく」においてD原の代理人として来ていた氏名不詳の三名の者に割引金四〇〇〇万円を渡し、本件手形を含む本件盗難手形八九通を受領した。

6  本件盗難手形八九通の中には、フジテレビ、理想工業株式会社、バンダイなどの有名企業振出のものが含まれている。また、右八九通の手形の満期について見てみると、内三通についてはB山が右八九通の手形を取得した三月二四日より前に満期が到来しており、その額面合計は一一二七万七〇八一円である。また、満期到来まで一週間足らずのものが七通あって、その額面合計は三〇〇〇万円を超えており、右一〇通の手形の額面合計だけでも、D原とB山との間で合意された八九通の手形の割引金四〇〇〇万円を優に超える金額となる。

7  本件盗難手形八九通の全てには訴外会社の裏書があるところ、①訴外会社の裏書に続いて「清水春吉」の裏書がなされ、さらに続いて「株式会社チュウエイクリエント」の裏書があって、B山の裏書がなされたもの、②訴外会社の裏書に続いて「三井田商店 金澤光二」の裏書がなされて、B山が裏書したもの、③訴外会社の裏書に続いてB山が裏書したものの三系統に分類される(本件手形は②の系統に属する。)。

ところで、「三井田商店 金澤光二」の手形上の住所地である「東京都世田谷区北烏山七―二九―六(ないし八)」には三井田商店の商業登記はなされておらず、店舗ないし事務所等の営業の実体も存在しない。また、右住所地には金澤光二の住民登録もなされておらず、同人の住居等も存在しない。

また、「清水春吉」についても手形上の住所地に住民票はない。

二  右認定事実を前提に判断する。

1  D原が本件手形を含む本件盗難手形八九通をいかなる経路で取得したものであるかは不明であるが、(1)本件盗難手形八九通が訴外会社から盗難に遭った後、一旦は三つのルートに分かれて流通したことを窺わせる裏書の記載があるにもかかわらず、その全てがD原の下に集まり、B山との間で手形割引の取引が行われたこと、(2)本件盗難手形八九通の中にはフジテレビ、バンダイ、理想科学工業等の有名企業振出のものが含まれ、その他の手形の振出人もこれに準ずる優良企業であることが窺われるところ、一個人がこのような優良企業振出の額面合計約二億円にものぼる多額、大量の手形を所持していること自体異常なことであること、(3)容易に銀行等で低金利で割引を受けることができる優良企業振出の手形を額面の約五分の一の金額で割引を依頼することは極めて不自然であること、(4)D原がB山に割引を申込んだ時点で満期が到来していた手形も存在したこと、(5)D原はB山に対して本件盗難手形八九通の取得経過について具体的な説明は行わなかったことに照らして考えると、D原は本件盗難手形八九通を悪意で取得したものと推認できるし、また、右事実に照らすと、右手形が盗難に遭った後にD原がこれらを取得するまでの間に介在する取得者が存在していたとしても、これらの者もまた悪意の取得者であるということができる。

2  B山は、(1)本件盗難手形八九通の中にはフジテレビ、バンダイ、理想科学工業等の有名企業振出のものが含まれ、その他の手形の振出人もこれに準ずる優良企業であることが窺われるところ、一個人がこのような優良企業振出の額面合計約二億円にものぼる多額、大量の手形を所持していること自体異常なことであること、(2)容易に銀行等で低金利で割引受けることができる優良企業振出の手形を額面の約五分の一の金額で割引を依頼することは極めて不自然であること、(3)D原が本件盗難手形八九通を銀行等で割引を受けない理由として述べた内容(議員はそのようなものはいじらない)がB山にとっても得心のいくものではなかったこと、(4)D原がB山に対して本件盗難手形八九通の取得経過について曖昧な説明しかなさなかったこと、(5)D原が本件盗難手形八九通に裏書することを拒絶したことから、D原が本件手形を含む本件盗難手形八九通を適法に所持することについて疑念を持って然るべきであり、D原に対して手形の取得経過について納得し得る説明を求めるべきであり、合理的な説明を得られない場合には、適時振出人、受取人、支払銀行等に正常な手形であるかどうかについて照会する等して、D原が手形を正当に取得したか否かを調査すべき注意義務があったのにこれを怠ったのであるから重大な過失があったものといわざるをえない。

3  また、原告も、(1)B山から、B山が額面総額約二億円相当の、フジテレビなどの上場会社振出の手形を含む優良手形を四〇〇〇万ないし五〇〇〇万円で割り引くことを聞いていたこと、(2)当時、原告のB山に対する貸金三〇〇〇万円が焦げ付いた状態であることから、原告はB山の経済状態が不良であることを知悉していたこと、(3)右のような経済状態にあるB山の下に、優良企業振出の額面総額約二億円もの多額、大量の手形が割引のために持込まれることは通常あり得ない事態であること、(4)満期到来の近い(一部は既に満期が到来している)、優良企業振出の手形が額面金額の半分をも大幅に下回る金額で、しかも一個人によって割り引かれるということも常軌を逸していることから、B山やB山に割引を依頼したD原についても、本件手形を含む多数の手形について適法に所持することについて疑念を持って然るべきであり、B山本人、B山を介してD原から本件盗難手形八九通の取得経路について納得し得る説明を求めるべきであり、合理的な説明を得られない場合には、適時振出人、受取人、支払銀行等に正常な手形であるかどうかについて照会する等して、D原やB山が手形を正当に取得したか否かを調査すべき注意義務があったのにこれを怠ったのであるから重大な過失があったものといわざるをえない。

三  以上によれば、本件手形は、訴外会社が被告から振出交付を受けて保管中に盗難に遭ったものであり、原告はこれを所持しているが、盗難後本件手形を取得した者について、原告を含めていずれも善意取得が成立していない。

第四結論

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 深見玲子)

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